オグるまだん吉くん OGUmen-STORY  
閉ざされたノンフィクション
〜秘密の封印〜

知内星護

第14話 大猿小猿物語

「あ、もしもし…母さん?」

「え?…あ、あんた…もしかして…大成?」

「うん…」

「ったく…今どこに居んのよ?」

「…っと、三重県のね、鈴鹿市の青子ってとこ。名古屋の下の方の…伊勢湾沿い」

「あ、そ…。心配なんかしちゃいないけどさ…連絡位しなさいよ」

「ごめん…。俺ね、今、Jリーガーと一緒に暮らしているんだ」

「じぇいりぃがぁ?…それ、どこの国の人?」

「ハハハ…やだなぁ…日本人だよ。サッカー選手だよ」

「ふーん…じゃあ、それなりに生きてるんだ」

「うん…楽しくやってるよ」

「楽しい?…あんたからそんな台詞が出てくるなんて…ちょっと信じらんないわ。毎日つまんなそうにふてくされてたのにね」

「もしかしたら、今が人生最高の時!」

「ちょ、ちょっと…あんた、性格変わったわよ」

「そう?…だから、心配しないで」

「心配は、してないって。毎度のことだから。いつでも帰っておいで」

「うん…でも、今度は大丈夫だと思う。…ごめんね、こんな夜遅くに。今、まだ少し酔っ払っててさ…この時間ならちょうど帰ってきてるかなーって思って」

「あたしは宜しくやってるから。あんたも自分のやりたいようになさい。眠いから、切るわよ。《じぇい何とか》さんに迷惑かけないようにね」

「うん…じゃあ」大成は受話器を置いた。

「お母さん?」隆が背後から話しかけた。

「うわっ…驚かすなよ」

「トイレ。水分摂り過ぎた」

「お、おい…俺も行きたい!」

「一緒に入る?」

「…お先にどうぞ」

 隆は大成に背を向けて、「今日はもう、酔いが醒めてるね」

 二人がトイレを終えてから、二人は烏龍茶で再び乾杯をした。

「酒飲むと、喉渇くよな」大成は一気に飲み干し、隆に注いでもらった。

「うん…で、またオシッコが出る」

「いいのか?こんな夜遅くに…」

「大丈夫や。明日は練習もないし。たまにはね…朝トレはきちんとやるから。あ、大ちゃんは、明日…っていうか今日、夕方来てって、朱鞠内さんが」

「あ…バイトか。そう…」

「雇用契約を交わすからって。…大丈夫?もしかして…嫌やった?」

「今頃…。いいとかやだとか、そんなこと言えるような状況じゃなかっただろ」

 隆は誤魔化すように笑った。「ハハハ…」そしてやや真顔で「大ちゃんがコンビニのバイトをクビになったって聞いて、どうしてもやらせたくなった!」

「え…?何でだよ」大成は口を尖らせた。

「大ちゃんは、すぐにあきらめるんや。そして逃げる。避ける…」

「ウッ…」大成はむせた。「一瞬、烏龍茶で溺れそうになった…」

「そやから、うん…大ちゃんに、そこんとこ、変わって欲しかった…」

 大成はコップを置き、下を向いた。「俺のこういう考え方は、甘いのかもしれないけど…誰も、怒ってくれる人がいなかった…」

「お母さんは?」

「《やりたいようにやれ》って…。継母だから、俺が本当の子供じゃないから、怒ってくれなかった、とは…決して思わない。母さんには感謝している。産みの親以上に…」

「本当のお母さんに、もう会いたくないの?」

「…今、会ったら…」大成は首を左右に数回傾けた。「想像つかないな。泣いちゃうのかな…。恨みつらみをぶつけるのかな…」

「産んでくれたお母さんに会うために、生きてきたって言っとったやん」

「そう…なんだけどさ。もう、俺にとっての《母》は…育ててくれた母さんなんだよ」

「ふーん…」隆は納得しないまま腕を組んだ。

「とにかく、まあ、だからって訳…じゃないんだけど、お前の言うように《辞め癖》…《逃げ癖》みたいなものが、自然と…。迷うことすらなかった。気楽にさ、《辞めよっ!》って感じ」

「他人のせいにするのも、感心できへん」

「それは…判ってるって」

「じゃ、良かったんやね」

「…それは…、ちと強引だったけど、まあ…」大成はコップを軽く指で弾いた。

「頑張ってね」

 大成は顔を上げて隆を見て「ああ」コクンとうなずいた。「年下のお前に、《しつけ》されてるよな。俺は犬じゃないんだから…」

「ハハハ…《ご主人様》と呼びたまえ!」

「あ、犬じゃないや…」

「ん?」

「猿だ…《モンキー》って名前付けたんだもん」

「一句…《大猿が、しつけをしている、小猿二匹》」

「おい!…俺は小猿じゃあないぞ!」

「背、低いやん!」

「ブッ殺す!」大成はスッと立ち上がり、隆の首と脇の下をくすぐった。

「でも…判るような気がする」隆は逃げながら言った。

「何が?」

「里朝も…血のつながりはないけど、…僕の本当の妹だから」

 大成はピタリと攻撃を止めて少し笑った。が、隆が急に暗く重い表情に変わったように思えた。「隆…?」

 隆は笑顔を再構築して、「寝よう!」

「…お…やすみ…」大成は隆の丸くなった背中を見届けた。

「芽室くーん、お客さん!」

「芽室くん!途中集金と両替お願い!あ、掃除は水モップね!」

「品出しと前出し宜しく!」

「コロッケ揚がってるよ!次はポテト!」

「宅急便!ゴルフだから到着日1日プラス!」

「B4のコピー用紙なくなっちゃった!補充して!」

「肉まん4つ、こしあんまん3つ、イカスミまん2つ入れといて!」

「ジュースのペットがガラガラだから整理しといて!」

「FAXが送れないみたいだから見てあげて!」

「防犯のビデオテープ交換!」

「蛍光燈取り替えて!」

「温度と在庫数のチェック!」

「フェイス替えと棚清掃!」

「プロモーション展開!」

「売価変更!」

「期限切れ廃棄入力!」

 大成は知らなかった。コンビニにこんなに色んな仕事があることを。ヘトヘト・クタクタ…「そ、それじゃあ…お先に失礼します…」

 フラフラ・クタクタ状態でさわ子と笑子のマンションへ向かう大成。

「芽室さん…大丈夫?」

「目が死んでるわよ…はい、犬」

「さわ子…犬じゃなくて、モンキーよ!」

「あ、そっか。…でも、犬じゃないの!」さわ子はモンキーを大成に手渡した。

「あ…どうもありがとう…それじゃ」

「ちょっと…休んでいけば?」さわ子は手招きをした。

「…うん…今日は、帰る。またね」大成はマンションを後にしてから、抱えているモンキーに愚痴った。「モンキー…もう、やだ。嫌んなっちゃった。なあ…おい!何とか言え!噛み付いてもいいんだぞ!ほら!」大成はモンキーの口を自分の鼻に押し付けた。

「クーン…」

「…はぁ…」まだ冷たい北風が大きな溜め息を奪い去った。

 数分後、大成は玄関でバタンと倒れた。

 店で大成をシゴいたのは女性二人。

「どう思う?芽室…大成とかいうの」従業員を取り仕切る番長格の梅原鐘江。通称《梅》。二十九歳。娘二人。

「駄目駄目…使えないわよ。家出男にロクなのいない」二番手・亀巻渚。通称《亀》。二十六歳。独身。

「さすがに発注はやらせらんなかったけど…」

「どうせああいうのはやる気ないんだからさ、とっとと辞めてもらった方がこっちも助かる」

「そうね…じゃあまた今度もこの調子で」

「うん!」

 二人は握手をした。

「どうだい?大成くんは」店長が二人の方に歩み寄りながら話しかけた。

「あ、あ…す、すごーくいい…よね、亀!」

「う、うん…すぐに馴染むんじゃないかなー…」

「そっかー…。それは良かった良かった!ハハハハハ…」

 二人はニヤリと笑った。

 夜、《大猿》は二匹の《小猿》が玄関でぐったりしている場面に遭遇する。

「ちょ、ちょっと…大ちゃん!大ちゃん!…んもう、また《オンブ》?」

 隆が大成の両脇をつかんだ瞬間、「…あ、…お帰り」

「お帰り、やない!…こんなとこで寝るな!風邪ひくぞ!」

 大成は目をゴシゴシこすって、「…ごはん、今から作るから…」立ち上がった。

 隆は軽く唇を噛んで大成の背中を見つめつつ、モンキーを抱き上げた。

「ごめんな、こんなモンしかなくて」

「…ううん…。別にええよ」

 今晩の献立は、きらら397・わかめの味噌汁・冷凍のハンバーグ・キャベツの千切り・キムチ。

「隆…」

「ん?」

「俺さ…」

「うん」

「…やっぱり駄目だぁ…」

「…え?」

「店長には悪いけど…」

 隆は箸をバチンとテーブルに置き、「アカン!絶対にアカン!認めへん!」

「た、隆…」

「《やる!》って、言ったやろ!」

「…言ったっけか?」

「大ちゃん!」隆は大成を睨んだ。「続けるんや!そりゃ、最初は…仕事覚えるまでは大変やろうけど…頑張るんや!」

「そう簡単に言うけどなぁ…コンビニの仕事って、すっげーいっぱいあるんだぞ。次から次へと、あれやれこれやれって…。サッカーボールをチャラチャラ蹴っぽってるだけとは違うんだぞ!」

 隆はスクッ立ち上がり、手を伸ばして大成の襟元をつかんだ。

 大成はビクッとして気が動転、結果自分で思いも寄らなかった台詞が飛び出した。「な、な…何だよ。…殴るのかよ?…タツローさんみたいに…」

 隆は襟をつかんだままうつむいた。「…大ちゃんは…僕のこと、そんなふうに見とったんや。ボールで遊んで金もらっとるって…。そっか、多分タツローもそうなんやね…。そやから大ちゃんはタツローと気が合うたんや」

 大成は奥歯に力を入れた。何を言っても情けない言い訳になる気がして、しかしながら何か言わないと気まずい雰囲気のままのような気がして…、どうしていいか判らなかった。

 隆はそっと手の力を抜き、座って再び食事を始めた。「…まあ、ええ。僕のことは…どう思っていても。でも、大ちゃん…お願いやから、辞めないでね。…お願いや。確かに僕は、コンビニのことは何も知らないけど…せやけど、お金をもらう以上、それなりに辛いことって、あるやろ?…僕だって…」

 大成は立ち上がり、「電話、借りる」子機を手に取り、ボタンを押した。「…あ、あの…芽室ですけど、店長ですか?…あ、明日の…アルバイトなんですけど…」

 隆は水をキューっと飲み干した。

「早めに行っていいですか?…三時間じゃ、仕事覚え切れないので…。はい。そうです。その分の給料は要りませんから…はい。お金じゃないんです。…きちんと仕事、できるようになりたいんです」大成は視線を隆に飛ばした。

 隆は唇だけで軽く笑って見せた。

「どんなことがあっても、辞めませんから。宜しくお願い致します。お忙しいところ、失礼しました。それじゃあ、また明日…」

 大成が子機を充電器に戻した時、隆は手のひらを大成の方に向けていた。

 大成はそれを思いっきり右手でバチンと叩き、「イッテー!」手首をブラブラさせた。

 翌日から隆の逆襲が始まる。練習に行く前、「それじゃ、《遊び》に行ってきまーす!大ちゃんは《お仕事》、頑張ってネ!」ニコニコしながら大成に言った。

「お、おい!…冗談キツ過ぎるゾ!」

「ハハハ…」

 二人の掌がパチンといい音を立てた。

 大成がハリミーマートの自動ドアをくぐった。「おはようございます」

 大成がその場を去った直後、「梅さん梅さん!…来ましたよ!こんなに早く…」

「…え!…どうして?」

「…判らない…」

 梅と亀は首を傾げた。

 大成はエプロンを付けてレジカウンターへ。そこでもう一度二人に挨拶をしてから、「仕事、早く覚えたいので…宜しくお願いします」

 梅と亀は顔を見合わせた。

 梅はレジを開けて、「それじゃ、早速だけど、途中集金してくれる?」

「とちゅう…しゅうきん…ですか?」

「そう…覚えているでしょ?」亀が大成に訊ねる。

「…いえ、全然覚えていません」

 梅と亀は呆れ顔で大きく溜め息をついた。

「す…すみません。…もう一度、教えて下さい!お願いします!…昨日は、何が何だか判らないうちに時間が過ぎて…おそらく仕事の内容は殆ど、いや…何も頭に入っていません。ノロくて、愚図で、要領悪いんです。…でも、辞めませんから…」大成は頭を深く下げた。

 亀は梅に首を横に振って見せた。

 梅は暫く腕を組んで考え、「…よし。判った。今日もビシバシ行くぞ!」

「はい!」

「《はい》じゃない!《押忍》だ!」梅は大成の背中をパンと叩いた。

「…お、オッス!」

 この日も大成は二人にシゴかれ続けたが、疲れた顔を見せることはなかった。右往左往・縦横無尽に店内を駆け巡ったが…やはり仕事はあまり身に付かなかった、と言えよう。が、ほんの少し《やる気》を見せることはできたような感じがした。

 そんな中…「いらっしゃいませ…あ!」大成にレジを打たせようとしている客は何と…「ぎ、ぎ…銀河?…銀河!」

 顔を上げ大成を見て「あ!…め、め…芽室さん!どっどっどーして…?芽室さーん!」銀河は目を輝かせて大成を指差した。

【つづく】


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