オグるまだん吉くん OGUmen-STORY  
閉ざされたノンフィクション
〜秘密の封印〜

知内星護

第13話 モンキー・ミーツ・モンキー

 黒岩家の新しい家族の一員となったモンキー(=子犬)は大成の部屋で初めての朝を迎えた。寝ぼけ眼で辺りを見回して、未だ目覚めぬ大成を見つけた。モンキーはベッドへ歩み寄り、よじ登ろうとしたがそれは無理だった。後ろ足でピョンと跳ねてベッドの上へ。尻尾と腰をフリフリしながら、お尻から大成の布団の中へ入った。

「アン!」と一声挙げたが反応はない。大成の頬をペロリと舐めたがやはり反応なし。モンキーは首を傾げて「ウー…」とうなった。今度は大成の唇をペロペロと舐めてみた。

「ウヒヒヒヒ…」大成は気味の悪い笑みを浮かべた。ちょうど夢と重なったらしい。固有名詞は出てこなかった。

「アンアン!アンアン!」モンキーはじっと大成を注視した。「ウー…」イライラして遂にモンキーは大成の鼻をガブッとかじった。

「ギャー!」

 モンキーは驚いて、ベッドから転がり落ちてしまった。「キャン…」

 ヒリヒリしている鼻を触りながら「このヤロー…痛いよ!んもう…」大成は布団を出て、モンキーを抱え上げた。

「クーン…」

「早起きなんだな、お前…」大成はモンキーを床に置き、上に一枚羽織った。「モンキー、散歩にでも行くか?うん?…行こう行こう!ほら、おいで!」

「アン!」モンキーは大成の後について行った。

「顔でも洗うかなー…」大成は大きく欠伸をした。

 朝の光が眩しい海原…モンキーは砂浜に一歩踏み入った瞬間から吠えながら走り出した。

「アン!アン!アン!」

 大成は嬉しそうにはしゃぐモンキーに目を細めた。

 ……この世に生まれ、ふと気が付くとここにいた。潮の香りがいつの間にかしっかりと記憶として刻み込まれ、一番好きな匂いになっていた。段ボールの箱の中で波の音をBGMに黄色い月をただ眺めていた昨晩…。

 背後から突然両脇を掴まれた。…とても温かかった。

「何や…お前、捨てられたんか?…」

 勿論何を言っているのか、意味は判らない。でも本能的に嗅ぎ分けていたのだろう…この匂い、好きになりそう…。嬉しくなって、隆の指をアグッとかじった。

「痛っ!な、何やこいつ…このこのっ!」隆は軽く握った拳でコンコンと、仕返し。

 一緒に遊んでくれた。どんどん楽しくなって、走って、吠えた……ここは、昨日のあの場所だ。僕が一番好きな場所…モンキーは再び、沢山走って、いっぱい吠えていた。

 モンキーの足元に、ボールが転がってきた。…あ、あの人の匂いがする…。

「珍しい…早起きして犬とお散歩ですか?」隆は大成の肩にポンと手を置いた。

「隆…」

 モンキーはボールに歯を立てて、アグアグとかじろうとしていた。

 隆と大成は砂浜にあぐらをかいた。

「昨日…タツローと一緒にここに来たやろ?」

「え?…」

「タツローと…どんな話、したんや?」

「……」大成は言葉に詰まった。「べ、別に…大した話はしてない…けど…」

「僕のこと、何て言っとった?…どうせ悪口ばっかやろうけど。僕とタツローのこと、聞いたんやろ?中学ん時の…」

「タツローさんは!」大成は叫んだ。「タツローさんは、タツローさんで…色々と考えがあって、それで…」

「僕を…裏切ったんか?」

 大成は下を向いて一呼吸おいた。「タツローさんは自分の信じていることを貫こうとしただけなんだ」

「あいつが…何を信じているっていうんや?」

「それは…言えない」

「え?」

「言えないよ!」

「教えてよ!大ちゃん…教えて!」

 大成は立ち上がり、サッカーボールをモンキーから取り上げた。モンキーは大成の足元で前足をバタつかせた。

「僕は…認めたくはないんやけど…心のどこかで、まだあいつのことを信じようとしているんや。タツローが野球で活躍しているのを見ると、悔しいけど…やっぱ、嬉しいよ…。タツローは、平気で人を裏切れるような奴やあらへん…。そやから…きっとよっぽどの理由があったんやないかって…」

 大成はボールを砂の上に落とし、爪先でヒョイと上げてリフティングを始めた。「あれから…実は秘密練習していたんだ。最高で十回できるようになったんだぞ」

「大ちゃん…聞いたんやろ?…教えてよ!」

「隆…お前も、自分が信じた道を進めばいいんだ」

「大ちゃん!」

「お前だって、俺に言えないこと、あるだろ?」

 隆はハッとして言葉を失った。

 大成は隆とタツローの本当の気持ちを知る唯一の人物となった。お互いにどこかで思いやりながらも相対立した関係…この微妙な天秤は今後も続いていく。

 隆は納得しなかった。でもそれ以上台詞が見当たらなかった。

 大成がリフティングに失敗して外れたボールがモンキーに当たった。「キャン!」

「あー、ごめんごめん。…さっきのお返しだ!」

「お返し…?」隆は首を傾げた。

「こいつに鼻をかじられて、目が覚めたんだ!」

 隆は腹を抱えて笑った。「ガハハハハハ!」

「お前なぁ…そんなに笑わなくても…」

「大丈夫や。僕も拾った時、指噛まれているから…多分、こいつなりの愛情表現なんやろ」

「それって…本当かぁ?」

 隆は眼球が見えなくなる位目を細めながらうなづいた。

 この日から、大成とモンキーの《朝の散歩》は習慣となる。

「ここだよな…タツローさんと男の約束を交わしたのは」

「…うん…。その話、聞いたんやね」

「いいよな、そういうの…」

「全然!よくないよ…」

「いや…やっぱり、いいよ…」

「大ちゃん…」隆は急に真顔になって大成を見つめた。

「ん?」

「約束…して欲しいんや。タツローとはあかんかったけど…」

「え?」

「僕達は、どんなことがあっても…友達でいようね!」隆は右手を差し出した。

 大成は隆の指先の一本一本を目で確認するかのようにじっと眺めた。口を開いて言葉が出てきそうになった。でも結局声にはならず、ゆっくりと掌を合わせた。

 隆はそれをゆっくり握りしめようとした。

 …次の瞬間、大成はスッと手を手前に引いてから隆の《グー》を《パー》でパン!とはたいた。「俺には…まだそんな《告白》を受ける資格はないよ!」

「た、大ちゃん…」

「こういうのは、ほんとぉ〜に大切な奴とするもんなんじゃないのか?」

「だ、だから…」

「隆がそう思ってくれているとすれば、それはそれで…嬉しい…。でも、早過ぎる」

「早いとか遅いとか…関係あらへん!」

 隆とタツローの《閉ざされた永遠の友情》には勝てない…そんなある種の劣等感が大成の自尊心をフッと襲った。《深さ》の度合い云々ではなく、時間が必要なんだ…「即席の友情に、あつーい握手は似合わない!ラーメンじゃないんだからさ!…もっともっと、じっくりと愛を育んでからにしようぜ!」隆は自分なりにボールを高く蹴り揚げた。

 朝日に吸い込まれていくボールを二人は眩しそうにして見上げた。

 モンキーは飛び跳ねてから、砂の上に落ちたボールへ突進した。

 お互いに何となく照れ臭くなって、相手の顔を見ることができなくなった。が、全く同じ台詞を心でつぶやいていた…《ありがとう》。

 夜、忙しい者同士で延び延びになっていた《宴》が黒岩邸にて実現することになった。…そう、コンビニ《ハリミーマート》店長・朱鞠内比羅夫との《飲み会》である。

「それじゃ…かんぱぁ〜い!」

「っと、…その前に…」大成が隆の揚げ足をとった。

「な、なーんや?…調子狂うな…」

「大事なことだ。…きちんと済ませてから、楽しもうぞ」

「へ?…何かあったっけ?」

「これだから…ほんと、すみませんねーいつもいつもうちの隆が…」

「ハハハ…君達は、いいコンビだね…」店長はグラスを一旦テーブルに置いた。

「今日んなって急に《やるからねー!》ですから…慌てておろしたんだぞ!」

「…おろすって…ん?」隆は腕を組んで上を向いた。

「じゃあ…これ。ご迷惑をおかけ致しました」大成は白い封筒を店長に差し出した。

「はい」店長は早速中身を改めた。「確かに」

「あ、あ…あー!はいはいはい!」隆はパンパンと手を叩いた。

「おっせーんだよ!ったく…」

 隆は恥ずかしそうに両手で頭を押さえて「ど、どーも…ありがとうございました…。これからも《ツケ》の方、宜しくお願い致します…」

「ストップ!そのまま止まって!」大成が隆を指差して叫んだ。「これ…ほら、あれあれ!」

「ん?…何や?」

「日光のお土産の…きかざる!」

「キカザル…?」

「知らない?《見猿・聞か猿・言わ猿》の、《聞か猿》って、こんな感じじゃない?…猿だよ、サル!」

 店長は爆笑、隆はペチッと大成の額を叩いた。

「イテッ…」

「それじゃ、ツケの精算もめでたく終わったところで、かんぱぁ〜い!」

 三つのグラスがぶつかり合った。

「ところで…大成くんは、お酒はどうなの?」

 キューッと一気にビールを飲み干して「いやぁ…あまり好きじゃないんで…」

「ウソこけコラ!」隆はもう一度額をペチン。

「イッテーよ!…」

「冷蔵庫に入れとくと、ぜーんぶ飲んじゃうんですよぉ…」

「上戸なんだ…」店長は大成にビールを注いだ。

「すみません…。お前、あの時はたまたまだろ!」

「別に隠す必要あらへんやろ」

「…強くはないんですよぉ…酔うと何するか判らなくなるし…」

「うんうん…それはホンマや!」

「隆…念のため、歯磨いとけよ!」

 隆、三度目のペチン。店長はいまいちよく理解し得なかったが、何気なく笑ってしまった。

 店長が唐突に大成に訊いた。「ね、…家出、初めて?」

「ひ?」既に少し酔いが回り始めている大成。「ま、まさか…隆?」

「へへー…言っちゃったー!」

「お前…ふざけんなよ!俺という人間をまだ深く理解していない人に対して、あることないこと吹き込むなよな!」

「あることないこと、やない!《あることあること》や!」

「そーゆー屁理屈言うな!」

「朱鞠内さん…これが大ちゃんの本性です!」

「違います違います!店長、信じてくれますよねぇ…」

「店長店長って…大成くんはうちの従業員じゃないだろ!」店長が鋭く突っ込む。

「あ、そうや!大ちゃん…朱鞠内さんとこで働けば?」

 大成はヒクッとシャックリをして「な、何だって?バカ言うなよ…。コンビニのバイトなんてもううんざり!」

「あ、前にどこかで?」店長の目が輝きを増した。

「ええ…《エイト・テン》で…三日間だけ」

「じゃあレジ打ちなんかは?」

「…もう忘れちゃいました」

「品出し・前出し・陳列は?」

「あー…何かそんなのもあったような気がする…。期限切れのおにぎりをこっそり持ち帰ったのがバレて…クビ」

「大ちゃん!やってみなよ!…きっといい社会勉強になるよ!」

「べん…きょう…?」日本酒に手を伸ばす大成。

「もう里朝に《プーちゃん》なんて言わせへんゾ!…朱鞠内さん!時給なんかゼロでも構いませんから、大ちゃんを雇ってもらえませんか?」

「給料は…ちゃんと払うよ。いや実はね、ちょうど昼間のパートさんが辞めちゃってねー…」店長は頭を掻いた。

「大ちゃんの給料と僕のツケ…相殺する、なーんてどうです?」隆は店長にビールを勧める仕種。

「隆ちゃん…それは悪いんじゃないか?」

「嫌だなぁ…冗談ですよ!ガハハハハ!」

「できれば明日・明後日からでも…来て欲しいんだけど」

「承知しました。…大ちゃん!よかったねー!」

「おいおいおい!俺抜きで話がどんどん進んでいるぞ!」

「大成くん…宜しく頼むよ!」

「は、はい…って、もしかして…決まりかぁ?」

 酒に酔っての口約束で雇用契約が成立するとはどうしても思えない。しかしこれが実現してしまうのだ(この話は後の章に譲る)。

 三人の会話は続く。

 店長の大成への質問が繰り返される。「この前、剣淵病院で道を訊いたでしょ?」

 帯広さわ子が倒れた時、大成はたまたま病院で店長に出会い、無事に隆の家に帰ることができた。

「あ、はい。すっごい方向音痴なんです…え?あ、あそこって《剣淵病院》って言うんですか?」

「うん。あそこの医院長、若いんだよなー」

 隆はグラスを置いて、うつむいた。

「隆…カズちゃんを…剣淵和政を…知っているんだろ?」

「え?…大ちゃんも、カズさんを知っているの?」

「ほら…前、話しただろ?…小さい頃の話」

「…も、もしかして…大ちゃんに《死ねばお母さんが会いに来るよ》って言った…人?」

「そう。で、俺が窓から飛び降りようとして、カズちゃんに助けられた…」

「じゃあ、大ちゃんとカズさんは…幼馴染だったんだ…」隆の表情が更に暗くなる。

「一昨日、そのカズちゃんが里朝ちゃんと一緒にここに来て…」

「里朝…と?」隆は顔を上げて大成を見た。

「えっとー何だっけ?」大成の目の充血が段々と目立ってきた。

「何や?…何か言うとったんか?」

「うん…《順調に大きくなってる》って、隆に伝えてくれって…」

 隆はドン!とテーブルを叩いた。熱燗が倒れて、中身が床にこぼれ落ちた。

「隆…どうしたんだよ!」

「た…隆ちゃん…?」

 数秒間、灰色の空気が三人を支配した。

 隆は自分自身が、楽しくあるべきはずの宴をぶち壊そうとしていることに気が付くのにそう長い時間を要しなかった。目の下にシワを作り、白い歯をむき出しにして「ははーん!なーんちゃって!…ね、ね、びっくりした?」

 二人は唖然とした。

「ごめーん…許してチョンマゲ!」

 目つきの悪くなった大成がポテトチップスをつまみながら睨みをきかせて「隆…何が大きくなっているんだよ?」

「え?…んもう、嫌だなぁ…二人共そんなに深刻そうな顔せんといて!いっつぁーじょぉーくっ!」

 二人は首を傾げた。

「さ、さ、大ちゃん!もっと飲んで飲んで!朱鞠内さんも…さっきから全然減ってませんよー!」

 大成は納得した訳ではなかったが、シラけた場を再び盛り上げるのには賛成だった。「よーし!隆…ジャンジャン注げよ!」

「うん!…飲め飲めぇー!」

 店長もつられるようにして笑った。

 こうして奇蹟的に軌道修正は成功し、元に戻った。

 それから、店長は隆のお父さんの親友だという話題、店長が隆の名付け親だという話題になったが、大成は殆ど聞いてはいなかった(聞ける状況ではなくなっていた)。

 隆が懐かしげに話す。「親父…僕に都会の生活を経験させたいがために、それだけの理由で東京に引っ越して…」

「うんうん…隆ちゃんに会えなくなって、寂しかったよー!」

「こっちに帰って来てからはずーっと朱鞠内さんに迷惑かけっ放しで…。でも、いつもジュースとか、おごってもらってたでしょ?だからサッカーの試合で《勝ったよー!》とか《何点取ったよー!》って報告するの、親父とかおふくろよりも、朱鞠内さんの方が先で…。それがめちゃくちゃ楽しみやったなー…」

「隆ちゃんはいつでも本気で、精一杯、手を抜かずにやるから…負けた時にはワンワン泣いて…なだめるのが大変だった…」

「…で、チョコレート一枚で泣き止む!」

 二人は笑い合った。…大成だけが別次元でさまよっていた。

「隆ぃ!ダメじゃないか!…お父さん・お母さんは…大切にしなくちゃいけないんだゾ!」

「大ちゃん!…んもう、完全にキてる…」

「大成くん…ご両親、心配しているんじゃないのか?」

「ははは…父は他界しました。母は継母ですー!」

 店長はギョッとして、隆に耳打ちをして確認した。「ね、…今の、ホント?」

 隆はこっそりと「はい…素面(しらふ)の時、そう言ってました」

「店長さーん!…隆の秘密、バラしちゃいましょうかー?」

「い!」今度は隆がギョッとした。「大…ちゃん…、ひ、秘密って…?」

「隆はねぇ…」

「ちょちょ、…ちょっと待った!」酔っ払っている大成程恐いものはない…キスの洗礼を受けた隆の心境である。隆は大成の口を手で押さえようとした。

 店長が指差しながら一言…「ね、…あの子犬も、酔っ払っているんじゃない?」

「え!」隆はモンキーに視線を移した。「ど…どうして…」

 モンキーはフラフラ・ヨロヨロしながら床をペロペロ舐めていた。「キューン…」

「さっきこぼれたポン酒だ!」隆は立ち上がってモンキーに駆け寄った。

 晴れて自由の身となった大成。「隆はねー…ね、聞いていますか?店長!」

「う、うん…」店長はモンキーが気がかりだった。

「大ちゃん!」目を回しているモンキーを抱え上げて隆は叫んだ。

「たかしはね…にっぽんいちの、《すとらいく》になるんですよー…」

「た…大ちゃん…」隆の興奮がクールダウン。

 店長はモンキーを見つめたまま、大成の台詞に耳を傾けた。

「たくさんてんをとって、《はっとりくん》も、いっぱいきめるんですよー…」そう言い残して、大成十八番の《酔眠》。

「隆ちゃん…いい友達を持ったね」店長は立ち上がって隆の背中をポンポンと叩いた。

「…はい。そう…思います」

「でも…正確にサッカー用語、教えてあげた方がいいね」

「…はい。そう思います。善処します」

 二人は大成の寝顔を見つめた。

【つづく】


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