笑子とさわ子が、大成のレシピで《ヨーグルトカレー》にチャレンジすべく、材料の買い物を終えた帰り…。
「どうでもいいけど…大雑把よねー…《ニンジン・タマネギ・ジャガイモ…沢山。肉…好きなだけ。ヨーグルト…最後の仕上げに味見しながら適量》…」
「でも、芽室さんのカレーは美味しい!」
「そうなのよねー…」
「不思議だあわ…あわ」
「笑子…それってちょっと無理があるんじゃない?」
「そ…そーうかし…らー?…あわわ…」
笑子は《あわ》という語感が好きだった。彼女が中学生の時、初めて恋した男の子に「君って…《あわわ》って笑うよね!」と指摘されて以来、意識的に《あわ》という言葉を遣うようになった。
「あわー!」笑子が突然絶叫した。
「な、何よ?…もう《あわ》はいいわよ!」
笑子は前方を指差しながら、「あわ…あわわわ…あわわわわわわわ…」
さわ子は訝しげにゆっくりと、笑子の指し示し先を見た。そして目を丸くして、「キャー!タ…タツ…タツロー!」
タツローは隆の《お怒り》を受けてから、青子の街を懐かしみながらブラブラしていた。
「あわ…あわ…ど、どーしよぉー…」
「笑子!サインよ!」さわ子はカバンから色紙とサインペンを取り出した。
「昨日は富良野瑛美、今日はタツロー…あわわわわ!」笑子は口をデカく開け、上を向いて笑った。
さわ子はタツローに歩み寄り、「あのー…すみません…サイン書いていただけますか?」
「はい」
キャー!《はい》だってぇー…と笑子は心の中であわわ笑いをした。
一方、さわ子は冷静沈着…を装っていた。さわ子には追っかけとしての誇りがあった。下手に騒いで軽い奴だと思われたくはない…喜ぶのは本人が目の前からいなくなってから、と固く心に決めている。
高ぶる鼓動…キュッキュッというペンの音…至上の幸せを実感する。「あのー…今日の日付と、《帯広さわ子さんへ》って入れて下さい…。北海道の《帯広》に、《さわ》が平仮名で《子》が漢字…あと二枚、お願いできますか?」
タツローはニッコリ笑って、ゆっくり二回うなずいた。
「私…私は…淡谷笑子です!《さんずい》に《炎》、渋谷の《谷》、笑子は《笑う子》です!」
「笑う子で…笑子?面白い名前だねー…」
「よく…よく言われるんです!あわわわわ!」笑子はストレートに感情を表に出した(さわ子の《追っかけ美学》には反する)。
「あと…一枚は?」タツローは三枚目を書きながら二人に訊ねた。
「私達の友達の…芽室大成って言うんですが…」
「めむろ…たいせい…?」タツローはペンを止めた。「あれ?どっかで…聞いたこと、あるような…」
さわ子は自分のメモ帳を見せながら、「こういう字なんですけど…。タツローさん…芽室くんのこと、知っているんですか?」
「いや…そういう訳じゃないんだけど…」タツローは釈然としない頭のイライラをスッキリさせたくなった。「君達…その、芽室っていう人の家、知ってる?」
笑子とさわ子は顔を見合わせた。どう説明すれば最善か、話し合った。
「あのー…そのー…芽室くんは今、自分の家に住んでいる訳じゃないんですよ…家出して…」
「私が聞いた限りでは…電車の中で知り合った人のお手伝いさんをやっているんです…」笑子は個人名を出さないよう、慎重に言葉を選んで答えた。
「あ…」タツローは左の平手を右の拳で叩いた。「電車で家出人に声かけるなんて…あいつならやり兼ねないな」
「あいつ?」さわ子は人差し指の先端を顎に載せた。
「タツローさん…もしかして…あわわわくんと…?」《あわわ》で音消しをする笑子。
タツローは三枚目の色紙を裏返しに持ち上げて「これ、俺が直接渡すから…じゃ!」振りながらさよならした。
二人はひとつの《閉ざされたノンフィクション》を手に入れ、茫然としてタツローの後ろ姿を見送った。
隆は青子港緑地から一旦自宅に戻り、チーム練習へ向かった。大成には「会えた」とだけ伝え、それ以上詳しくは話さなかった。
「何か機嫌悪そうだよなー…。すぐ顔に出るからなぁ…。ご主人様の喜怒哀楽、メチャクチャ激しいぜ…」ブツブツ言いながら大成は夕食の買い物へ向かった。
門を出て大成はハッと立ち止まった。突然話しかけられる。
「あのー…もしかして、あなたが芽室大成さん?」
「は、はぁ…」ファッションに無関心の大成でも《恰好いい!》と感じる、爽やかお洒落な男性…何となく、どこかで見たような…。
「これ…頼まれたんですが…」彼はサイン色紙を大成に手渡した。
「…え?」
「女の子二人に…」
「あ、ああ…」…あわちゃんとパクちゃんだな…。「これ、誰のサインですか?」大ボケ大成、愚問である。
数秒の沈黙…彼はゆっくりと自分を指差した。
「あなた…の、ですか…」
「昨日、電話でお話ししましたよね?」
「電話…?」
「千歳…です」…本当にこの人、俺が誰だか判らないのかな…。
「あ、あーはいはい…千歳さん!あなたが…」大成はうなずきながら手をパンパンと叩いた。「隆と、無事会えたみたいで…」
「…ええ、一応…」
大成は邸宅を指差して、「これから、買い物に行くんですが…中で待っていますか?夜、隆と一緒に食事でも…」
…まだ気付いていないよ、この人…タツローは益々興味が湧いてきた。「隆とではなく、芽室さん…あなたと話がしたい!」
「はぁ?…わ、わたくし…ですか?」
「ええ」
大成は首を傾げながら、タツローを家の中へ招き入れた。
大成は焼肉の材料を購入しつつ、懸命になって考えた。…あわちゃんとパクちゃんは…彼が誰だか知っていて、サインを頼んだんだ…。サインを書く位だから…有名人なんだよな。で、隆の友達…。サッカー選手、かなぁ…。
笑子とさわ子に訊けば一発…でも安易なことはしたくなかった。大成は本屋へ入り、雑誌が陳列してある前に立って、目線を左右に流した。そして無言のまま驚嘆し、結果心臓を三秒間停止させた。「もっと…もっといい肉、買わなくちゃ…」
帰宅後、大成はタツローにサインのお礼を織り混ぜて平謝り。「最初は隆も誰だか判らなかった」などと例を挙げながら自分の疎さ・鈍さを強調する一方、「《千歳》ではなく《タツロー》って言ってもらえれば…」などという、己をやや正当化するような言い訳もした。が…打率三割八分五厘・二一〇本安打…と、驚異的な数字を記録した日本野球界のニューヒーロー…タツローが少なからずショックを受けたことは否定できまい。
「芽室さん…どうして家出したんですか?」
大成はタツローに背を向けて野菜を切りながら答えた。「家出…」…あわちゃんとパクちゃんだな…「タツローさんには、家出する人間の気持ちなんか、判らないでしょうね…」
「いや…そうでもないと思いますよ」
「え?…だって、去年は何もかもうまくいって…そりゃ、それ相当の努力があったとは思いますが…」
「野球が嫌になる時があるんです。他のことがしたいなーって…でも、したくても…できないんですよ。体に染み付いてますからね。だから逆に、いや失礼かもしれないけど…芽室さんみたいな人、羨ましい…」
「宙ブラリンなだけです。だらしがないんです。家出した時点では…過去を真っ白にしたかったってこと以外、目的はありませんでした」
「黒岩に出会って、家出は終わってしまったんですか?それとも…まだ最中ですか?」
大成は包丁をまな板の上に置いて、振り返ってタツローを見た。「隆は…恩人です」
「オンジン?」
「俺の人生の恩人…家出がまだ継続中であったとしても、隆には一生感謝し続けるんじゃないかな?」大成はニコリと笑い、再び包丁を手にした。
「黒岩と…うまくやっているんだ」
「あいつに追い出されていないってことは…そうなのかもしれない」
「芽室さん…あなたに、お願いしたいことがある」
「お願い…何ですか?」
「隆を…日本、いや…世界一流のストライカーにして欲しい!」タツローは立ち上がった。
「そんな…無理ですよ」
「え?」
「俺には何もできない。なれたとしても俺のおかげじゃないだろうし、なれないとしても俺のせいじゃない。隆本人の努力次第でしょう」
「芽室さん…違うんだ、隆は…」
「…違う?」大成は再び振り返った。「タツローさん…あなたは、隆とどういう関係なんですか?」
タツローは隆との中学時代を語り始める…。
……隆が青子中学サッカー部の部長になって二年目、徐々に部は力をつけ始め、県大会ベスト8進出。隆とタツローの《黄金の2トップ》を武器に、三年目の目標はズバリ《全国大会出場》!
二人は青子港緑地で一緒に練習し、夢を語り合った。
「いよいよ、三年生やな」海に映える落日のオレンジに瞳を染めて、隆は話しかけた。
「ああ」
「タツロー…お前とだったら、今度は…いけそうな気がする!」
「絶対、いけるさ!」
「こんなこと言うの、恥ずかしいんやけど…僕は、お前を信じとるから…言うぞ!言っちゃうぞ!」
「…何だよ、《愛の告白》みたいだな…」
隆はオレンジ以上に頬を赤くして「…一種の…そんなようなもんや!」熱くタツローを見つめた。
タツローはドキッとして少し身を引いた。
「これからもずっと…ずっと、タツロー…お前と一緒にサッカーをやっていきたいんや!」
タツローは胸をなで下ろした。「何だよ、そんなことか…焦った…」
「今、メチャクチャ恥ずかしいんやで!そんなふうに言うなよ!」
「そんなこと言われなくても、こっちは端っからそのつもりだぞ」
「…え?」
「俺は今までスポーツが好きで、野球とかサッカーとかバスケ、バレー、水泳、卓球…色々やってきたけど、サッカーが一番面白かったな」
「ホ…ホンマか?」
「中でも…黒岩、お前と最前線を張っている時が、一番楽しい!」タツローは目を細め、白い歯を光らせて隆を見つめた。
隆はガーッと大きく口を開け、右手をタツローに差し出した。
タツローはそれに応えた。「男の約束だ」
「ああ」
「一緒に、日本代表でトップ組もうぜ!」
「そうや!そうそう!夢はデッカク持とうぜ!」
固い友情の握手は永遠を夢見ていた。
隆やタツロー達の代が最上級生になり、新しい部員が入ってきた。黒岩部長はどんなに未熟であっても彼等にやる気さえあればきちんと教え、面倒を見た。
タツローはそれが気になって引っかかっていた。また、タツローは己に限界を感じ始めていた一方で、(隆に直接言ったことはないが)隆の実力と素質を、隆本人が考えている以上に評価していた。
「黒岩…新入部員の練習は、二年生に任せていいんじゃないか?二年生だってお前のやり方は一通り知っているだろう?」
「僕は…みんなで一緒に、楽しくやりたいんや!そのためには、まず部長の僕が率先してコミュニケーションをとっていかないと…」
タツローは、隆にもっと上手くなって欲しかった。貴重な時間を自分のために使って欲しかった。このことで隆とタツローは意見が対立し、しばしば衝突するようになった。まだこの頃は、お互いに《男の約束》を信じていた。だからすぐ仲直りもできた。
しかし徐々に溝が深くなっていく。そして県大会を準優勝で終えた翌日…。
隆は部員に対し、「来年こそ、悲願達成!」という言葉を残し、引退した。
タツローは夜、隆を青子港緑地に呼んだ。
「何や?話って…」
「黒岩…はっきり言おう。県大会で優勝できなかったのは…部長、お前のせいだ!」
「タツロー…」
「俺はずっとお前に言っていたはずだ。《みんなで仲良く》なんてことしてたら、勝てる試合も勝てなくなる!って」
「結果的には敗けたけど…せやかて…」
「いいや!お前のせいだ!お前が一軍の練習と指導に専念していれば…あんな試合、余裕で楽勝…優勝していたんだ!」
隆は歯を食いしばり、手に力を入れて肩を震わせた。
タツローは続ける。「…今日は、こんなことを言いにきたんじゃない。今のはお前への…お別れの言葉だ」
「お別れ…?」
「実はな…俺、推薦入学が決まりそうなんだ。伊勢商業高校の」
「伊勢商…?」
「捨てきれなかったんだな、結局。野球部を辞めて、土下座までしてサッカー部に入ってからも…バッティングの練習は密かに続けていたんだ。たまたま伊勢商の監督が、一年生の時の俺の活躍を覚えていてくれて…《テストを受けてみないか?》って言われて…。見る目のある人って、いるもんだよな」
「な、な…何やそれ…どういうことや…?」
「サッカーを捨てて、これからは野球に生きる、ってことさ」
「ふ…ふざけるな!…ここで…約束したやないか!握手したやろが!」
「事情が変わったんだよ」
「事情?…」
「事情、というよりは…俺の気が変わった、って表現した方が正確かもな」
タツローがその台詞を言い終わるや否や、隆の拳がタツローの頬にぶち当たった。
倒れ伏せたまま、タツロー「…気が済んだか?…絶好の絶交、だな…これ、駄洒落だぞ。ハハハ…」
「タツロー…タツロー…バカヤロー!」隆は駆け出し、タツローから去っていった。……
「タツローさん…サッカーを、隆と一緒にやっていたんですか…」
「驚きました?…俺の裏切りを隆は今でも根に持っている…」
「だから機嫌悪かったんだ…」
「やっぱり…」
大成は《しまった!》と思った。「す、すみません…」
「いえいえ…いいんですよ。見事に嫌われましたから」
「でも…どうして、一番好きだったサッカーを敢えて捨てたんですか?隆と一緒にやっていきたい、っていうのは…口から出任せだったんですか?」
「《邪魔》になると…思ったんです。俺が、黒岩の…」
「じゃま…?」
「ええ。《目指せ!世界の点取り屋!》とか、普段はデカい口叩いていたんですけど…黒岩はサッカーを遊びの延長としか考えていないんじゃないか?って…。《俺と一緒》で満足してたら勿体ないなって…。もしかして俺と一緒にできなくなったりでもしたら、あいつ…サッカー辞めちゃうんじゃないか、って…」
「そ…それって…考え過ぎなんじゃないですか?」
「あいつは自分が活躍しなくてもいいんです。楽しくサッカーがやれれば、それだけでいいんです。何故か周りの仲間と喜びを分かち合おうとする…。自分独りが目立って勝つよりは、チャンスを他の誰かに譲ってそいつと一緒に笑いたい…。Jリーグでもその悪い癖が出て…だからストライカーなのに点が取れない…。歯痒いですよ、全く。黒岩の実力とか将来性は、一緒に2トップを組んでやっていましたからね…誰よりもこの俺が認めていました。でも…このままじゃ、黒岩隆はダメになる、って…。俺なんかよりもっともっと凄い…競争相手が沢山いる環境の中で揉まれて…強くなって欲しかった…」
「それで…約束を破って、隆から離れたんですか?…タツローさんがいなくなって、隆がサッカー、やる気なくすとは思いませんでしたか?」
「様々な事態を想定して…結局、あいつが悔しさをバネにして自立してくれれば…って思って。今でもそれが正しかったのかどうか…自信はありません。ま、何とかプロ選手にはなれたから…」タツローはハハハと笑って「でも…皮肉なもんですよね。黒岩のために辞めたはずなのに、あいつはイマイチで、俺は野球で新記録達成!ですから…自分で言うのもなんですけど」少し頬を赤らめて頭を掻いた。「まだ、あいつは自分の才能に気付いていない…。磨けばもっと光るんだ。この俺が言うんだからこれだけは間違いありません。あいつは一流になれる!…芽室さん、生かすも殺すも、あなた次第だ!」
「ちょ、ちょっと…プレッシャー、かけないで下さいよ…」
「俺は黒岩の力になってあげられなかった…。芽室さん、あなたに…できますか?」
大成は大きく首を振った。
「だったら…黒岩の邪魔、しないでもらえます?」
《ガーン》…大成は巨大なショックを受けた。…俺が、あいつの邪魔を…?
二人の沈黙の世界の中、隆が帰ってきた。
「ただいま…あ!」隆はタツローを指差した。「な、何で…タツロー!お前が何でここに…」
「お帰りなさい!詐欺師・ペテン師!」
大成はタツローの突然の豹変ぶりにびっくりした。
「あんな下手くそプレーで客から金取って、ウン千万ももらって外車乗り回してるなんて…詐欺師でなくて、何者なんだ?お前…」
隆は無言で下を向いた。
「おまけに、どこの馬の骨だか知れない家出人を拾って…家の世話させてるなんて…」
「タツロー!ええ加減にせい!」隆は凄い剣幕でタツローを睨んだ。「お前に大ちゃんの何が判るっていうんや!…何も知らないお前が…大ちゃんのことそんなふうに言う資格なんかあらへん!…出て行ってくれ!…大ちゃんも大ちゃんや!こんな奴、家の中に入れなくてええんや!」
大成はタツローの言動を薄々理解していた。「た、隆…タツローさんはおま…」
タツローは大成の口を手で塞ぎ、首を横に振った。
「お前が出ていかへんのやったら、僕が出て行く!」隆はスッと姿を消した。
大成はサッと目線をタツローに移した。「タツローさん…」
「あいつ…緑地に行ったんですよ」
「え?」
「嫌なことがあるとすぐ、緑地の砂浜に座り込んで、海と星を見に行くんです。…後を追ってみましょうか?」
大成とタツローは青子港緑地へ向かった。
「ほら…やっぱり」タツローは子犬を抱えて砂浜に座っている隆を指差した。二人は隆から距離をおいて、隆の仕種を観察しながら会話をした。
「タツローさん…さっき、どうして俺の口を押さえたんですか?」
「隆が芽室さんをかばった瞬間、判りました…。隆はあなたのことを相当気に入っているんだなって…。俺は…嫌われ者でいいんです」
「嫌われ者?」
「黒岩を褒め讃える人は大勢いる。ファンも沢山いる。あいつのことを徹底的にいじめる《悪役》が一人位いても、いいんじゃないか?って、ハハハ…。尤も、俺も去年、やっときちんとした結果を出せたから…あいつよりも上の立場で偉そうにモノを言えるようになったんですけどね」
「縁の下の力持ち…《悲劇のヒロイン》じゃなくて《悲劇のヒーロー》気取りですか?」大成は笑いながら言った。厭味でではなく、あくまでも《冗談》のつもりで…。
でもタツローは笑わなかった。「俺だって…俺だって本当は…黒岩と一緒に…ずっとずっと…ずっとサッカー…やりたかった!…高校行っても…大学でもJリーグでも…今だって!…あいつとサッカー、やりたいって…」
タツローは泣いていた。約六年の時を経て、遂に本音がポロリとこぼれた出た瞬間であった。
「タツロー…さん…」大成は余計なことを言わなきゃ良かった…と前言を後悔した。
「今、隆が座っているあの辺りで…隆に殴られたんです。隆の涙、月明かりでキラキラして…綺麗だったな…」
「タツローさん…あなたのその涙も、とても綺麗ですよ…」
タツローは少しだけ笑って見せた。「すみません…色々酷いことを言って」
「いえいえ…。何となく、タツローさんのこと…判ったような気がします。だからあなたの《思いやり》は、敢えて隆には言いません…隆のために。《男の約束》は破られてしまったけれども…隆との友情は、今でも続いているんですよね…ちょっと変則的だけど」
タツローは涙を袖で拭いて話題を切り換えた。「あいつ…昔から犬が好きでね。《逆・犬猿の中》とか《猿の犬好き》とか言ってバカにしていたんですよ」
大成は声を殺して笑った。「それ…いい!最高!使わせてもらいます!」
隆は今、二人に笑われていることを知る由もない。
「それじゃ、俺…帰ります」
「え…焼肉は?…一緒に食べましょうよ」
「黒岩がそんなこと、許しませんよ。後は…宜しく頼みます。また…いずれ、憎まれ役として、発破かけに来ますから」
「タツローさん!」
「…ん?」
「できる限り精一杯…やってみます、あいつのために…。隆だけでなく、俺にも発破かけて下さい。時々…アドバイスの方、宜しくお願いします!」
タツローは満点の笑顔で手を振ってさよならした。
大成は隆のそばへ歩み寄り、「それ…拾ったのか?」手のひらを広げて隆へ差し伸べた。
「た、大ちゃん…」隆は大成に子犬を手渡した。
「お前が犬、好きだったなんて…意外だよなー」
「…何でや?」
「だって…猿は犬と仲が悪いんだろ?《犬猿の仲》って…よく言うじゃないか!」
隆は立ち上がり、大成の首を締めた。そして《今さっきまでタツローは、この近くに大ちゃんと一緒にいたんだな…》ということを悟った。
「こいつ…飼うんだろ?」大成は子犬の顔を自分の顔へ近付けた。
「うん…飼いたいね」
「名前…決めた!」
「何?…何?」
「モンキー!」
隆は手刀で大成の脇腹を攻撃した。大成は子犬の《モンキー》を抱きかかえたまま月夜の砂浜を逃げ回った。
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