OGU面冠者
2002.08.01 小倉隆史選手 応援HOMEPAGE 冠者145

わかりやすい否定 vs わかりやすい結果

 
2002.07.31... 伝わるか伝わらないか定かではない...でも、伝えたいから、少しでも伝わるように、伝え続ける。
 まず、はじめに...「コンサドーレ札幌」という球団に固執している選手なんて、おそらくいないと思われます。サッカー選手にとって、その時々の所属球団なんてものは...己の活躍を魅せる“刹那的居場所”でしかない...。「球団のため」尽力するのも、結局のところ、自己評価を高めんとする向上心=出世欲から。小倉隆史が“踏み台”にするべきはコンサドーレでなければならない、ということでは決して無い。
 既に何度と無く書いていることですが...私は、「どうすれば球団○○が勝てるか?」という眼で試合を観ることができないヒト。...「どうすれば小倉隆史が結果を出せるか?ゴールを決められるのか?...んでもって今、このオレにできることって、何??」...それを思いのままに、ogumen.com上で表現し続けているんです。←これですら「小倉隆史本人のため」、というよりは、私自身のため...だったりもします。
2002.07.28 vsFC東京 in国立 「小倉外し」は確かに“わかりやすい”変化の付け方だとは思います。彼に対してマイナスの評価をするのは一向に構いません。もしかしたら本当に起用されなくなるかもしれない...もしそうなったとしても、小倉隆史を好きな人達は、決してあきらめません。へこたれません。この程度で腐っているようでは、とっくの昔にOGUサポ辞めてますって。
 コンサで結果を出す...なんてことは、「一過程」に過ぎません。今までどれだけの試練を乗り越えてきたことか...アレに比べりゃあ、J2落ちなんて...大したコト無いって!?(今季の“戦犯”解雇して、出直せばいいだけのお話...それこそ“代わり”はいくらでもいるでしょう??...我々は、小倉隆史という、唯一無二のサッカー選手→「一人間」が好きなんです!)
 結局、「応援」なんてものは“受身”以外の何モノでもないんです。あーしてくれ、こーしてくれと騒ぎ立てたところで、その全てが「間接的」...より大きい声援を送れた方が「勝ち」でもない...伝わるか伝わらないか定かではない...でも、伝えたいから、少しでも伝わるように、伝え続ける。...ほんの一瞬、“超越的悦楽”を味わいたいがために、目の前で起こる「筋書きの無いストーリーの成り行き」をただただじっと見守ることしかできない虚しさ・無力さ・もどかしさ...ここらへんの耐久力勝負。が、しかし.....。
 それを「怒り」という“わかりやすい”カタチに変えて、自らの行動もってして表現したくなるヒトが出てくるんです。これがまたネガティヴ極まり無い。「否定」=破壊的活動しているヒマがあったら、応援として最大限の生産的・創造的活動に励みなさい!って...>「受身から始まるポジティヴ“能動”行為」...。
 まともなモノを何ひとつ創り産み出せないヤツに限って、他人の欠点見出す眼力だけはイッチョマエ(のようにも一見、見える)。人様に対してケチつけるってことは、己の能力の無さを誤魔化す行為...と解釈したくもなってきます。本当に悔しいのなら、否定する前に、自分のやるべきことを見出し、それに全力を尽くそうぞ。
 ...ま、嫌いなモノは、好きにはなれないんでしょうけどね...例え、“わかりやすい”結果を出したとしても...おそらく。最下位に低迷していることを逆手に取って、ここゾとばかりに大袈裟な行動に打って出ている、一人気選手のことを“潜在的に”好く思っていない(実際のところ極々一部と思われる)球団サポに対して「わかって下さい!」と懇願する程、私はヒマでもお人好しでも無いもんで...。《2002.07.31 10:30》
2002.07.20 vs浦和 in国立
2002.08.01... 「好き嫌い」vs「良い悪い」
 私自身が「好き」なのか「嫌い」なのか...これはogumen.comにおける最重要事項。
 ...私から見て「良い」のか「悪い」のか、という判断になると、かなり自信が無いんです。何故なら...私のモノサシって、世間一般と明らかに異なっているから。
 なもんで、「これ、私、大好きなんです!」とは言えるけど、「これ、すんごく良いんですよ〜」っていうのは...なかなか...。だって、私にとってだけ、良い!(悪い!)...のかもしれないし。
 「好き嫌い」と「良し悪し」の差異...それは、評価が“内的”か“外的”か。「好き嫌い」は、自分の中だけで通用する「認識」=内的評価。が...「良し悪し」となると...評価としての意思表示が他人(外部)に向かわざるを得なくなる。
 「好き嫌い」は、私の中における、絶対的な真実。これに関することであれば、いっくらでもogumen.com上に書き綴ることができる。イコール「自己表現」。
 これが「良し悪し」となると...自らが下した評価を“他人に認めてもらってナンボ”の世界になってくる。...そうなんです。私は、誰かに認めてもらわなくても全然構わないし、困りもしない「少数派」野郎...だから、私の“見る眼”→幾許かの同意を得るがための「良し悪し」文章...なんてものを敢えて書く必要が、無い。...まぁ、何と申しましょうか...ある種の「開き直り」ってヤツですね。
 「良し悪し」評価な文章は、他人にイチャモン付けられやすい。100行書いたうちの、1単語を“部分否定”しただけで、あたかも“全否定”した気分に浸る「わからずや」との出会いのきっかけにもなったりしますし...。最初、意見が対立していた相手と“相互理解”を得られるのは非常に稀(でももしそれが実現するとめっちゃ楽しい!...若い頃は結構チャレンジ精神旺盛だったんですけどねー...って32歳の言うセリフか?)。
 私は、「正しい」「間違っている」のあまり無い、内的真実=「好き嫌い」=“Prejudices(偏見)”を外部へ、どんどん文章化して意思表示することを心がけていきたいと思います!
 (それにしても...実は「嫌い」っていう内的真実を敢えて隠して、その長所には一切触れず、欠点ばかりを並べ立てた挙句、だから「悪い!」と言わんばかりの文章...読むと反吐が出ます。)《2002.08.01 03:00》

 


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